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現在地:ホームJOTARO NOW1995-96年度修士論文>論文要旨

ポーラロンを利用したピロール誘導体におけるスピン整列

[序]有機物質は一般に閉殻の電子構造をとっているが、その示す物性には、分子に生じた不対電子が関与していることが多い。これら不対電子のスピン状態が制御できれば、有機物質の種々の物性や反応性を制御することが可能になると期待される。例えば、不対電子を担うポーラロンは、高い導電性を示すポリピロールの電荷担体として、近年、注目されつつある。このポーラロンのスピン状態を制御できれば、スピン整列により磁性の発現が期待される他、その特徴ある導電性や光学的特性にも興味が持たれる。
 ポーラロン間に強磁性的な相互作用を持たせるため、二つの方法を考案した。一つはポリピロールの主鎖にトポロジー制御部位としてのメタフェニレンを組み込み、ポーラロン間のスピン整列を行う方法である。もう一つの方法は、ポリピロールの側鎖にラジカル部位を組み込み、ポーラロンと局在スピンの間の交換相互作用を持たすことにより、局在スピンを整列させる方法である。

1. トポロジー制御部位を組み込んだピロール誘導体を用いたスピン整列

ポリピロールにトポロジー制御部位を組み込むための構築単位として、メタフェニレン-ビス-ピロール(mPBP)を合成した。mPBPが重合した場合、容易にポーラロンを生じるビピロールと、スピン間を強磁性的に連結するメタフェニレンが交互に繰り返す、ポリ-メタ-フェニルビピロール(PMPBP)を与えると考えられる。

 mPBPをヨウ素酸化して得られたポリマーは、低温下で多重項状態を示すESRスペクトルを与えたが、鎖間の反強磁性的な接触が大きく、SQUID測定で観測された平均スピン多重度は2/2程度にとどまった。鎖間の接触を減らすため、N-メチル化したmPBP(1)を、一端がふさがった2と電解共重合し、オリゴマーを作成した。得られた試料を凍結溶媒中に分散させ、SQUID測定を行ったところ、Brillouin関数を用いたフィッティング(右図)により、5Kでは平均スピン多重度が3/2以上であると求められ、この系が高スピンポリマーを得る上で有効であることが示された。

2. ポーラロンと局在スピンが共存する系の構築の試み

安定ラジカルであるニトロニルニトロキシド(NN)を置換基として有するポリピロール誘導体を得るために、まずNNを組み込んだピロール誘導体37を合成した。

1)ピロールNN誘導体の酸化種におけるスピン間相互作用
 ポーラロンとNN上の局在スピンとの間に強磁性的な相互作用を持たせるには、モノマー分子の一電子酸化種が基底三重項を与える必要がある。これを確認するため、いくつかのNN誘導体を化学的に酸化し、低温でのESRスペクトルを観測した。その結果、457については三重項のシグナルが得られ、その強度の温度依存性から、生成したカチオンジラジカルが基底三重項状態であることが示された。これに対し、3では三重項を示すシグナル自体が得られなかった。置換様式によって電子構造に大きな差を生じていることが予想される。

2)ピロールNN誘導体の電子構造
 開殻分子を酸化してカチオンジラジカルが得られる原動力となっているのは、スピンに依存するクーロン反発の存在である。この影響で、中性分子において、不対電子と逆向きのスピン軌道のエネルギーが高くなっている。このような効果は、不対電子軌道とエネルギー的に近い軌道が、不対電子軌道と空間的重なりを持って存在する場合に大きく現れる。
 3の場合、ピロールのHOMOの節である窒素原子上にNNが組み込まれているので、2つの部位の軌道は住み分けていると考えられる。これに対し、4では分子全体に広がったNHOMOが形成されており、このうち、エネルギー的に押し上げられたNHOMOのβスピン軌道が、SOMOよりも高い準位に来ている。このような軌道の様子を右の図にモデル的に示した。置換様式の違いによる電子構造の差はこのように説明できる。この図の右側の場合、酸化により三重項種が形成されると考えられる。

3)ピロールNN誘導体の重合反応性の検討
 ピロールNN誘導体が重合すれば、さらに興味ある物性を発現する可能性を持っている。サイクリック・ボルタンメトリーにより、各誘導体の重合反応性を検討したところ、いずれも重合反応性を示さなかった。これは、重合反応に関与する、ピロールのα位での軌道の係数分布が小さくなったためであると考えられる。しかし、7の前駆体である環状ヒドロキシルアミン前駆体8は、電解重合によりポリマー膜を与えた。このポリマー膜を化学的に酸化できれば、目的とするポリピロールNN誘導体を生成させることが可能となる。また、N-置換体のほうが、生成するポリマーの対称性が良いことから、5をさらに修飾し、重合反応性を担う部位としてピロール環を置換した9を合成できれば、必要な条件を満たすのではないかと考えられる。

[まとめ]トポロジー制御部位およびラジカル部位を有する種々のピロール誘導体を合成し、前者では実際にポリマーを生成させ、電解重合試料において平均スピン多重度が3/2以上であることを確認した。また、後者においてはラジカル部位の局在スピンと、ポーラロンとなるべきカチオンラジカルとの間に強磁性的な相互作用を導入することに成功した。


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