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平成13年4月3日
中崎城太郎

研究員終了報告書

1.研究チーム

雀部チーム(超構造分子の創製と有機量子デバイスへの応用)

2.契約期間

平成12年4月〜平成13年3月

3.研究期間、研究機関、研究内容

平成12年4月〜平成13年3月
東京大学大学院・総合文化研究科
有機量子スピン素子の合成

4.研究活動および成果

1.はじめに

近年、導電性や磁性を示す有機物質に関する研究が進展し、強相関電子系として興味ある物性を発現することが明らかとなってきている。導電性と磁性を合わせ持つ有機物質は、物性研究の対象として注目を集めつつあるが、既知の物質群において、導電性と磁性を担う部位の間の相互作用を制御できているものは稀である。本研究では、本プロジェクトの研究活動の中で見出された「スピン分極ドナー」から構成される電子系に着目し、以下の2つのアプローチを進めてきた。
【有機磁性導体へのアプローチ】TTF骨格を有するスピン分極ドナーの電解結晶化により得られたイオンラジカル塩が、常磁性半導体として振る舞うことを以前報告した。この系における伝導度の向上を目指す上で必要な、テトラチアペンタレン(TTP)骨格を有するスピン分極ドナーの合成を試みた。
【単分子スピン整流素子へのアプローチ】スピン分極ドナーは、一電子酸化により三重項状態となるので、常に不対電子と逆向きスピン(βスピン)の電子を放出する性質を持っていると考えられる。この骨格を介して電子が移動する場合、βスピンの電子は通過しやすく、αスピンの電子は通りにくいため、スピン整流が起こるであろう。この特長を反映した単分子素子のプロトタイプとして、ピロール系スピン分極ドナーに、分子導線としてのオリゴチオフェンが連結し、さらに電極接続部としてのチオール部位を有する化合物・QTPPNを設計し、その合成を試みた。

2.TTP骨格を有するスピン分極ドナーの合成

スピン分極ドナーのラジカル部位であるニトロニルニトロキシドを合成する場合、ドナー骨格のアルデヒド前駆体から誘導化する方法が一般的である。しかし、π系の広がったTTP骨格の場合、アルデヒド前駆体が非常に難溶性であり、通常の誘導化が困難である。このため、ドナー骨格の一部に、あらかじめニトロニルニトロキシドに保護基を付したものを導入しておき、ドナー骨格を形成後に改めて脱保護する手法を確立する必要があった。種々の条件を探索した結果、一端がジメチル体となっているベンゾ縮環型ドナーラジカルが実際に合成され、その挙動を調べにかかる段階までこぎつけた1-4

3.単分子スピン整流素子のプロトタイプの合成

ピロール系ドナーラジカルについては、既に種々の検討を行っており、ピロール・フェニル・ニトロニルニトロキシド(PPN)が素子のコアとして有用であろうという結論に達していた。また、金電極に接続するチオール部位とニトロニルニトロキシドが共存すると、化学反応を起こしてしまう可能性が高いため、チオール部位には保護基としてエトキシカルボニルエチル基をかぶせておくこととした5-9。当該期間中、合成条件の探索を行い、前駆体であるアセタール誘導体までの合成を完了した。以後は常法に従った合成が可能である。

4.モデル系によるスピン整流素子の機能評価

合成しつつある単分子スピン整流素子の機能を評価するため、より構造を単純化したモデル分子を用い、物性計測等を行った。
 チオール基が導入されていないQTPPN誘導体が、スピン分極ドナーとしての電子構造的特長を保持しつつ、分子ワイヤ部のπ共役長も保たれていることを確認した。まず、hQTPPNのテトラヒドロフラン溶液に、酸化剤としてヨウ素を加えたところ、低温で多重項種に由来するESRシグナルが観測された。分子間の会合が起こりやすいため、スペクトルは明瞭でなかったが、3量体型誘導体TPPNにおいて観測されたシグナルと類似しており、同様の電子状態、すなわち空間共有型分子軌道の間に働く交換相互作用によって基底状態三重項のカチオンジラジカルとなっていることが期待される。また、酸化還元電位はTPPNに比べて少し、PPNに比べるとかなり低くなっていた。さらに、hQTPPN溶液の吸収スペクトルは、438nmに吸収極大を示し、オリゴチオフェン-ピロール部位の共役長を反映するものであった。これらのことから、分子ワイヤ部は、ラジカル部位の導入によっても共役系が切れることなくその役割を果たしていることが確認された6,9

オリゴチオフェン鎖を介してスピン分極が伝搬されるかどうかということは、両端にラジカル部位を有するオリゴチオフェンにおいて、一電子酸化により生じたカチオンラジカルを介して、両端のラジカル部位のスピンの整列が起こることにより確認された10
 保護基を付したチオール部位を有するエトキシカルボニルエチルチオフェニル・ニトロニルニトロキシド(ECPN)に塩基を作用させ、塩化アセチルで処理することにより、保護基がいったん脱離し、より容易に脱保護できるアセチル基に変換された。これにより、エトキシカルボニルエチル基が、ラジカル部位を形成した後で脱保護可能な保護基であることを確認した。また、ECPNそのものについても、金基板に吸着が起こっていることが確認された。これにより、脱保護を行わなくても、金電極に接続できる可能性が高まった。
 これらのモデル分子を用いた計測により、QTPPNのスピン整流素子としての基本的機能が確認された。今後、ナノ領域の計測を専門とするグループとの連携により、実際に単分子としての計測が行われることが期待される。

  1. 「Preparation of isolable ion-radical salt derived from TTF-based spin-polarized donor」
    J. Nakazaki, Y. Ishikawa, A. Izuoka, T. Sugawara, Y. Kawada
    Chem. Phys. Lett., 319, 385-390 (2000).
  2. 「Construction of organic conductive magnet composed of spin-polarized donors」
    J. Nakazaki, Y. Ishikawa, A. Izuoka, T. Sugawara
    第7回分子磁性国際会議ICMM 2000 (Texas/USA) 2000年9月17日
  3. 「テトラチアペンタレン骨格を組み込んだベンゾ縮環型ドナーラジカルの合成と性質(2)」
    ○石川佳寛、中崎城太郎、菅原 正、泉岡 明、川田勇三(東大院総合・茨大理)
    第15回基礎有機化学連合討論会(京都)2000年10月1日
  4. 「Organic Conductive Magnets Constructed by TTF-Based Spin Polarized Donors」
    Y. Ishikawa, J. Nakazaki, J. Tanabe, A. Izuoka, Y. Kawada and T. Sugawara
    「Manipulating spin system」フォーラム(東京・駒場)2000年3月13日
  5. 「Approach to molecular ferromagnetic wire derived from spin-polarized pyrrole-type donor-radical」
    T. Sugawara, I. Chung, J. Nakazaki, M. O. Sandberg, R. Watanabe, A. Izuoka, Y. Kawada
    第7回分子磁性国際会議ICMM 2000 (Texas/USA) 2000年9月18日
  6. 「オリゴチオフェン部位を有するスピン分極ドナーの磁気的性質」
    丁 仁權、○中崎城太郎、菅原 正、渡辺良二、泉岡 明、川田勇三(東大院総合・CREST・茨城大理)
    分子構造総合討論会(東京)2000年9月28日
  7. 「チオフェン-ピロール共重合型オリゴマーをドナー部とするニトロニルニトロキシドラジカル分子の合成」
    ○丁 仁權、中崎城太郎、菅原 正、渡辺良二、泉岡 明、川田勇三(東大院総合・茨城大理)
    第15回基礎有機化学連合討論会(京都)2000年9月29日
  8. 「スピン分極ドナーを用いた有機量子スピン素子のモデル構築」
    ○菅原 正、中崎城太郎、マッツ・サンドベリ、石川佳寛、丁 仁權、原田弦太、泉岡 明(東大院総合・CREST・茨城大理)
    第4回「量子効果等の物理現象」シンポジウム(東京)2000年12月20日
  9. 「Prototypal Organic Quantum Spin Device with Spin-Rectifying Function」
    J. Nakazaki, I. Chung, R. Watanabe, Y. Kawada and T. Sugawara
    「Manipulating spin system」フォーラム(東京・駒場)2000年3月13日
  10. 「両端にニトロニルニトロキシドを有するオリゴチオフェンの合成とその磁気的性質」
    ○丁 仁權、泉岡 明、菅原 正(東大院総合)
    日本化学会第78春季年会(船橋)2000年3月31日


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