■Chemist JOTARO 中崎城太郎の研究課題
Tetrahedron Letters
vol.40, pp.5027-5030 (1999).
Novel Spin-Polarized TTF Donors Affording Ground State Triplet Cation Diradicals
基底状態三重項カチオンジラジカルを与える 新規スピン分極TTF系ドナー
Jotaro Nakazaki, Michio M. Matsushita, Akira Izuoka, and Tadashi Sugawara
Department of Basic Science, Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo
中崎城太郎、松下未知雄、泉岡 明、菅原 正
東京大学大学院総合文化研究科・広域科学専攻・相関基礎科学系
The concept of "spin-polarized" donor was successfully extended to TTF-based donor radicals. A series of TTF derivatives carrying a phenyl nitronyl nitroxide group were prepared, and they turned out to afford ground state triplet cation diradicals through one-electron oxidation. Such "spin-polarized" TTF donors are expected to become building blocks for organic conducting ferromagnets.
分子磁性の分野での研究の進展により、最近、幾つかの有機強磁性体が報告されたが、それらの転移温度は、まだ非常に低い。転移温度を上げるには、積層したドナーラジカル上を遍歴する伝導電子を利用するのが一つの方法である。この場合、伝導電子と局在スピンの間に、いかにして強磁性的な相互作用を導入するかということが重要な点である。安定ラジカル部位を持つ有機ドナーラジカルがいくつか報告されているが、これらはπ共役でつながれていないため、ドナー部位とラジカル部位の間の相互作用は極めて小さい。
ラジカル部位上の局在スピンとドナー部位上に生じたπスピンの間に強磁性的な交換相互作用を導入する観点から、我々は、πドナーとπラジカルが交差共役系で連結された開殻ドナーを提案した。さらに、金属的強磁性体を得るためには、ドナー部位が適当な導電経路を形成する必要がある。このような目的から、今回、新規TTF系ドナーラジカル(1-4)を設計・合成した。
ドナーラジカル1-3は、次のようにして合成した。まず母骨格のTTF誘導体をリチオ化し、塩化トリメチルすずと反応させることにより、対応するスタニル体を得た。これらと、p-ブロモ- あるいはp-ヨードベンズアルデヒドを、パラジウム触媒を用いてクロスカップリングさせた後、常法に従ってニトロニルニトロキシド誘導体とした。ドナーラジカル4の前駆体アルデヒドは、母骨格TTF誘導体をリチオ化した後、エチレンアセタールで保護基されたビス(ホルミルフェニル)ジスルフィドと反応させ、脱保護することによって得られた。ここでのジスルフィドは、p-メチルチオベンズアルデヒドから、Pummerer転位を用いた反応により合成したものである。前駆体アルデヒドをニトロニルニトロキシドに変換して4を得た。
サイクリックボルタンメトリー法により酸化電位を測定したところ、これらのドナーラジカルは、母骨格と同程度のドナー性を有することが分かった。また、これらのドナーラジカルをテトラヒドロフラン溶液中、過剰量のヨウ素で酸化したところ、三重項種に由来するシグナルが観測された。このシグナル強度の温度に対するプロットは直線になり、酸化種の基底状態が三重項(または一重項基底状態とのエネルギー差が約10cal/mol以内)であることを示した。
基底状態三重項のカチオンジラジカルが生成した理由は、これらのドナーラジカルの特徴的な電子構造から説明できる。UHF軌道で表現した場合、SOMOにある不対電子がHOMOにあるπ電子にスピン分極を引き起こし、HOMOにあるβスピンの軌道エネルギーがαスピンに比べて高くなっている。この場合、一電子酸化によりβスピンの電子が抜かれ、三重項種を与える。ここで形成されるSOMO'とSOMOは空間共有型なので、両者の間に有効な交換相互作用が働く。このようなドナーラジカルは、アミン系ニトロニルニトロキシド誘導体と同様に、「スピン分極ドナー」に分類できる。
この実験結果は、以前我々が報告したTTF-NNのものと対照的である。TTF-NNのカチオンジラジカルの基底状態は一重項で、観測された三重項種は200cal/molのエネルギー差で熱的に励起されたものであった。TTFとNNは交差共役で連結されているが、両者は立体障害のために大きくねじれていると考えられる。その結果、HOMOあるいはSOMO'がラジカル部位へ広がりにくくなり、スピン分極ドナーとしての電子的特徴が破綻してしまうのであろう。パラフェニレンやパラチオフェニレンを挿入することによって、このような立体障害が緩和されたため、上述の実験結果が得られたことが分かる。
パラフェニレンとパラチオフェニレンのスピン分極伝達部位としての適性を比較するため、3と4についてPM3/UHF分子軌道計算を行った。分子全体が平面上にあると仮定した場合、SOMO'のNN上での係数は、3よりも4のほうが大きく、チオフェニレンのほうがより大きな強磁性的相互作用を生じるであろうことが分かった。
今回報告した新規TTF系ドナーラジカルは、一電子酸化により基底状態三重項のカチオンジラジカルを与えることが判明した。この結果、「スピン分極ドナー」の概念をTTF系ドナーラジカルにも拡張することができた。これらのドナーラジカルがカラム状に積層し、部分酸化されれば、有機導電性強磁性体となることが期待される。
[↑有機磁性導体の概要]
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