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Chemist JOTARO  中崎城太郎の研究課題
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Chemical Physics Letters
vol.319, pp.385-390 (2000).

Preparation of Isolable Ion-Radical Salt Derived from TTF-Based Spin-Polarized Donor

TTF系スピン分極ドナーを用いた単離可能なイオンラジカル塩の作成

Jotaro Nakazaki, Yoshihiro Ishikawa, Akira Izuoka, Tadashi Sugawara
Department of Basic Science, Graduate School of Arts and Sciences,
The University of Tokyo

中崎城太郎、石川佳寛、泉岡 明、菅原 正
東京大学大学院総合文化研究科・広域科学専攻・相関基礎科学系


Yuzo Kawada
Department of Chemistry, Faculty of Science, Ibaraki University

川田勇三
茨城大学理学部化学科


Galvanostatic electrocrystallization of a TTF-based donor-radical (ETBN) has afforded an ion-radical salt. The radical site of ETBN is intact in the prepared salt and showed paramagnetic behavior. The salt is a semiconductor with conductivity of 10-2 S/cm at room temperature. Conductivity and magnetic properties are explained as a new type of an ion-radical salt derived from a π-conjugated donor-radical.



1. はじめに

最近、導電性と磁性を併せ持つ分子性物質が、物質科学者の関心を集めている。有機ドナーと常磁性カウンターイオンからなるイオンラジカル塩の導電性および磁性は、伝導電子と、磁性イオン上の局在スピンとが磁気的相互作用を示すことを期待しつつ、活発に研究されている[1-4]。有機スピン系は微妙な調整が可能であるという特長があり、もし、純有機物質からなる二重交換系[5]が構築されれば、協同的スピン整列機構を理解する上で有用であろう。その際ポイントとなるのは、構成単位となるドナーラジカルが持つ局在スピンが、ドナー集合体上の遍歴電子と強磁性的相互作用を示す必要がある、という点である。ラジカル部位を有する有機ドナーから調製された電荷移動錯体の磁気的性質に関する報告[6-8]はあるが、そのドナーラジカルの一電子酸化状態における磁気的相互作用に関して詳細に検討した例はなかった。

導電性強磁性体を構成する有力候補として、我々は、TTF骨格とニトロニルニトロキシド(NN)が交差共役的に連結された、TTF系「スピン分極ドナー」を合成してきた[9,10]。これらのTTF系スピン分極ドナーにおいては、一電子酸化によりドナー部位に生じた非局在πスピンと、ラジカル部位上の局在スピンとが、分子内で強磁性的に相互作用することが判明した。しかし、これらのスピン分極ドナーから生じた一電子酸化種は速度論的安定性に欠け、単離可能なイオンラジカル塩を与えるまでには至らなかった。一方、我々は、縮環したベンゼン環上にNN基を有するベンゾ縮環型TTF誘導体(ETBN)を合成していた[11]が、このドナーラジカルは、新しいタイプの単離可能なイオンラジカル塩を与えることが判明した。そこで、このスピン分極ドナーの中性状態での結晶構造と、そのイオンラジカル塩の性質について報告する。

2. 実験

The donor ETBN was prepared by reported procedures, Anal. calcd. for C19H19N2O2S6: C 45.67, H 3.83, N 5.61, S 38.50 %; found: C 45.88, H 3.91, N 5.57, S 38.63 %. X-ray crystallographic analysis was performed on a Rigaku AFC7R diffractometer with graphite monochromated Mo-Kα radiation. The data were collected at room temperature using the ω-2θ scan technique to a maximum 2θ value of 55.3o. Of the 5909 collected reflections, 2682 were unique (Rint = 0.089). The structure was solved by a direct method (SHELX86) and expanded using Fourier techniques (DIRDIF94). A full-matrix least-squares refinement based on 262 variable parameters converged to R1 = 0.063. The maximum and minimum peaks on the final difference Fourier map corresponded to 0.77 and -0.52 e-/Å3, respectively. All calculations were performed using the teXsan crystallographic software package of Molecular Structure Corporation. The space group of the crystal is R-3 (#148) with a trigonal hexagonal unit cell: a = 43.24(7) Å, c = 6.381(4) Å, and V = 10327(25) Å3.
A PM3/UHF molecular orbital calculation was carried out using a CAChe MOPAC program (SONY Techtronics). The molecular structure was optimized using a planar conformation as an initial structure.
Cyclic voltammograms were recorded in 0.1 M n-Bu4N・ClO4 - PhCN solution with an Ag/AgCl reference electrode (BAS Co.) and a platinum working electrode, using a Hokuto Denko HAB 151 potentiostat/galvanostat with a scanning rate of 200 mV/s.
ESR measurements were performed on a JEOL TE300 spectrometer equipped with a liquid helium transfer system (RMC) and a digital temperature indicator/controller (Scientific Instruments 9650).
Galvanostatic electrocrystallization of ETBN was performed in a 1 mM solution of the donor in 1,1,1-trichloroethane (TCE) - tetrahydrofuran (9:1 v/v) using 5 mM of n-Bu4N・ClO4 as a supporting electrolyte with a constant current of 0.7 μA for a period of one week. Composition of the salt was determined by an elemental analysis, Anal. calcd. for C39H39.5N4O8S12Cl2.5: C 40.19, H 3.42, N 4.81, S 33.01, Cl 7.60 %; found: C 39.80, H 3.64, N 5.04, S 32.71, Cl 7.63 %.
UV-VIS-NIR spectra were observed on a JASCO V-570 spectrometer, and IR spectra were observed on a Perkin-Elmer 1400 series spectrometer, using a KBr pellet. Electric conductivity was measured along the longer axis of a plate-like single crystal of the salt by a two-probe method. The magnetic susceptibilities of ETBN and its salt were measured with a superconducting quantum interference device (SQUID) magnetometer (Quantum Design MPMS-XL) by a reciprocating sample option (RSO) method.

3. 結果と考察

3.1. 中性結晶におけるETBNの構造的特徴

ドナーラジカルETBNは良好な結晶性を示した。X線結晶構造解析によって得られた中性ETBNの分子構造を図1に示す。ドナーラジカルのドナー部位とラジカル部位の分子内相互作用は、両者の間の二面角に依存するが、ETBNでのこの二面角は22度と小さく、十分なπ的相互作用があると考えられる。さらに、ドナーラジカルの共平面性は、一電子酸化状態ではより向上することが期待される。

trigonal hexagonalなユニットセル中には、結晶学的に等価な分子が18個、図2のように入っている。このユニットセルをc軸に沿って見ると、各ETBN分子は、向かい合って、対称心を持つダイマーを形成している。これらのダイマーは3回回反軸によって関係付けられ、プロペラ型の六員環構造を形成している。c軸方向には、ETBN分子が並進対称で隣り合って並んでいる。また、ab面内の(1/3, 0)、(2/3, 0)、(0, 1/3)、(0, 2/3)、(1/3, 1/3)、(2/3, 2/3)の各点にある3回らせん軸に沿って、三角柱状の構造が形成されている。


図1 ETBNの分子構造のORTEP図
  (50% probability)


図2 ETBNの結晶構造(ab面内)。並進操作により4分子が追加されている。

ETBNの磁化率の温度依存性は、Curie-Weiss則で、0.48Kという正のWeiss温度を用いて表せた。ということから、強磁性的な相互作用が働いていることがわかる。結晶構造を見直すと、この強磁性的な相互作用は、c軸に沿って並ぶ分子同士の間や、ab面内で回反対称の位置にある分子同士の間に見られる、CH-ON型の接触(前者はC-O間が3.60(1)Å、後者はC-O間が3.38(1)及び3.52(1)Å)によるものだと考えられる[12]。

3.2. ETBNの電子構造

我々は、ETBNの電子構造を、UHF分子軌道計算を用いて計算した(図3)。中性ETBNの場合、SOMO(α)の係数は電気陰性度の高いN-O部分のみに限られているので、SOMOの軌道エネルギーは、HOMO(α)やHOMO(β)よりも低くなっている。さらに、HOMOのαスピンは、SOMOのαスピンによって安定化される度合いが高いので、HOMO(α)がHOMO(β)より低くなっている。従って、ETBNはスピン分極ドナーとみなすことができる[13,14]。この状況下では、一電子酸化によって抜けるのはβスピンであり、結果として三重項のカチオンジラジカルが生成する。ここで形成されたSOMO'とSOMOは空間共有型であるので、これらの軌道の間に有効な強磁性的交換相互作用が働く。


図3 ETBNの分子軌道をUHF表現した模式図

ETBNのサイクリック・ボルタモグラムは、E1/2=+0.62、+0.89、+1.04Vのところに、3つの可逆な酸化還元波を示した。母骨格分子であるベンゾ(エチレンジチオ)TTF(E1/2=+0.60、+0.93V)やフェニルNN(E1/2=+0.80V)と比べたところ、ETBNの第一酸化電位は、母骨格ドナーのものに近く、第二および第三電位は、ドナーのカチオンラジカルの酸化またはNNラジカルの酸化に帰属できる。このことから、ETBNの一電子酸化は、比較的安定なカチオンジラジカル種を与えるものと期待される。

このドナーETBNをテトラヒドロフラン溶液中、ヨウ素を用いて酸化したところ、低温で、三重項種(|D| = 0.0255 cm-1、|E| = 0.0021 cm-1)に由来する、微細構造を持ったESRシグナルが観測された。この三重項種の異方性g値は、実験的にgx = 2.0080, gy = 2.0075, gz = 2.0070と求められた。グラス中のETBNカチオンジラジカルの分子構造が分かっているわけではないので、三重項種を同定する上で、ジラジカルの2つの成分としてgテンソルの等方性成分を採用することにした。観測されたシグナルの異方性g値の平均は、溶液中の中性ETBN(g=2.0064)とTTFカチオンラジカル(g=2.0084 [15])のg値の平均と一致する。すなわち、この三重項種は、ETBNのカチオンジラジカルに帰属できる。また、シグナル強度を温度の逆数に対してプロットすると直線になっており、この三重項状態が、ETBN+・の基底状態であることが現れている。

これらの実験的結果は、分子軌道計算によって示されたスピン分極した電子構造とconsistentである。

3.3. ETBNを用いたイオンラジカル塩の性質

ETBNの定電流電解結晶化により、非常に薄い、黒色板状結晶が得られた。この塩の組成は、元素分析により[ETBN]2ClO4[TCE]0.5と見積もられたが、結晶の質が十分でなく、X線結晶構造解析には至らなかった。特筆すべきことに、ETBNのカチオンラジカルは溶液中での安定性に欠けるというのに、この塩は、室温で1ヶ月以上も安定であった。

この塩の紫外-可視-近赤外スペクトルには、456nm、876nmに吸収極大が見られ、またバンド間遷移に由来する幅広い吸収帯が、1300nmから赤外領域まで広がっていた(図4)。この塩の赤外スペクトルには、1350cm-1に鋭いピークが見られたが、これは中性ETBNで1348cm-1に観測されたN-O伸縮振動吸収に対応するものである。


図4 中性ETBNとイオンラジカル塩[ETBN]2ClO4[TCE]0.5の可視-近赤外スペクトル

この塩の単結晶の伝導度は、室温で1×10-2 S/cmであり、半導体であることが分かった。この塩の抵抗率のアレニウスプロットは、室温から150Kまで直線的で、活性化エネルギーEaは0.16 eVと見積もられた。

常磁性磁化率の温度依存性は、キュリー・ワイス則で、キュリー定数C=0.73、ワイス温度θ=-5.2Kとして大体表せた(図5)。このキュリー定数の値は、式量あたり二つのS=1/2スピンが独立に振る舞っている場合の理論値(C=0.75)に近く、それぞれのドナーラジカルが一つの常磁性スピンを持っているものと考えられる。


図5 イオンラジカル塩[ETBN]2ClO4[TCE]0.5の磁化率の温度依存性

この塩の多結晶試料のESRスペクトルは、室温で、g=2.0068のところに、ピーク間線幅が0.8mTの狭いピークを示していた。中性のETBNやフェニルNNの粉末のESRシグナルは、それぞれg=2.0070と2.0068に観測されたのに対し、ビス(エチレンジチオ)TTF(ET)のイオンラジカル塩は、比較的大きな異方性((ET)2ClO4(TCE)0.5ではg=2.0125と2.0022 [16])を示すことが報告されている。このことから、今回の塩のESRシグナルは、主にNN基に由来するものだと考えられる。ESRシグナルの強度の温度依存性もキュリー・ワイス則に従い、熱励起は観測されなかった。

磁気測定の結果によると、ドナーとカウンターイオンの比が2:1であるにもかかわらず、各ドナーラジカル分子は、一つの常磁性的スピンしか持たない。このことから、TTF骨格上に生じたπ型非局在スピンは、塩の磁化率に寄与していないものと考えられる。ドナー部位のπスピンは伝導性を示しているが、強く反強磁性的に相互作用しているものとみられる上、この塩は伝導度から分かるように電荷担体濃度が非常に低い。このため、ラジカル部位の局在スピンによってひき起こされたπスピンのスピン分極は、隣のドナーラジカルの局在スピンに伝わることができないのである。

4. まとめ

一電子酸化により新しいタイプの基底状態三重項カチオンジラジカルを与えるTTF系ドナーラジカルETBNを用いて、ドナー:対イオン比が2:1のイオンラジカル塩を作成することに成功した。このドナーラジカルは強磁性的相互作用(θ=+0.48K)を示す単結晶を与えた。今のところ、このイオンラジカル塩中のラジカル部位の局在スピンは常磁性的挙動を示しているが、イオンラジカル塩中のキャリア濃度があるしきい値を超えれば、局在スピンの磁気的秩序化が見られる可能性がある。このイオンラジカル塩は安定であり、有機磁性導体に関してさらに研究を進めていく上で勇気付けられるものである。

参考文献

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[↑有機磁性導体の概要]

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